浅田次郎著「一刀斎夢録」感想

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またまた幕末~明治の時代小説です。

実は、ミステリー小説なども読んでいるのですが、全部は紹介しきれないので、このブログでは私が一番好きな時代小説の中でおすすめの本を取り上げて紹介していきたいと思っています。

 

この「一刀斎夢録」も実在の人物、斉藤一(はじめ)を語り部に、史実を浅田氏のフィクションで味付けした歴史の勉強にもなる時代小説です。

上・下2巻の長編ですが、斉藤一の話の先が聞きたくて、時間を忘れて次ページを開く手が止まらないほど読み耽ってしまいました。

 

「一刀斎」は、「斉藤一」の逆読みで、「藤」を「刀」にすると「一刀(藤)斎」となります。

斉藤一と言えば新撰組の三番隊隊長、撃剣師範として有名な幕末の剣客です。新撰組の中でも沖田総司と一、二を争う居合いの達人で、怖い人斬りです。(斉藤は、沖田は天才的に強く、自分も敵わなかったと言っています)

数回の戦での斬り合いも含めて、生涯で100人以上を斬殺したと、この小説では斉藤が語っています。

映画「るろうに剣心」では江口洋介が明治期の斉藤一を演じていましたね。

 

斉藤一は、永倉新八とともに数少ない新撰組の生き残りの一人で、明治維新後は警視庁の警察官になり、退職後は大学の守衛などを勤めて大正4年に71歳で亡くなっています。

名前も山口二郎、一瀬伝八、維新後は藤田五郎と変えています。「人斬りの斉藤一」では明治を生き抜くのに具合が悪かったので、名前を色々と変えたようです。斉藤一では警察にも採用されなかったことでしょう。

当時の人間は、ほとんどが何の躊躇いもなく名前をコロコロと変えています。斉藤も「名前なんてただの符号みたいなもんだ」と言っています。

あらすじ

大正時代初期、近衛師団の青年将校、梶原中尉(剣道の達人)が年老いた元新撰組の斉藤一の存在を知ります。彼は、毎晩一升瓶を下げては斉藤家を訪れ、斉藤一が語る出自や、新撰組の人斬り時代から警察の抜刀隊として参加した西南戦争までの懐古譚を酒を呑みながら七晩にわたって聞くという構成になっています。

従って、ほとんどが斉藤一の一人称の語り言葉で話がすすんでいきます。その場の状況や、聞き手の梶原中尉の様子なども斉藤一の言葉からわかるように巧みに構成されています。

斉藤一がこれほど雄弁で、古い体験談を流れるように饒舌に語ったとは思えませんが、特に違和感はなく、自分が斉藤一から直接聞いているように、どんどん話に引き込まれていきます。

また、時系列に物語がすすんでいくので、読みやすいです。

 

浅田次郎氏の作品には、この独特の「一人称語り言葉スタイル」の小説が多いようです。私が今までに読んだ中では「黒書院の六兵衛」もそうでしたし、「赤猫異聞」は、ほぼ100%が5人の証言者の一人称の語り言葉だけで物語が完結します。途中にナレーションのような説明は一切ありませんが、情景描写や人物描写もちゃんと話し手の言葉の中に盛り込まれています。

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この小説の中では「坂本龍馬は自分がひとりで暗殺し、後をつけてきた京都見廻組がさらに無惨に斬り刻んだ」と斉藤一が語っていますが、実際には暗殺の実行犯は判明していませんので、これは浅田次郎氏の創作でしょう。新撰組犯行説もあるので、全くの作り話という根拠もありませんが。

このように、創作も随所に織り交ぜていますが、ほぼ史実に沿った回顧談になっています。斉藤一の話の中に出てくる登場人物も全て実在の人物です。

終盤のクライマックス、西南戦争で斉藤が誤って斬ってしまう斉藤の弟子である市村鉄之助のエピソードも創作かなと思っていましたが、調べてみると実在の新撰組隊士でした。斉藤が斬ったというのは事実かどうかわかりませんが、市村鉄之助は西南戦争で西郷側の兵士(斉藤の敵兵)として死んでいます。

その他にも新撰組隊士がたくさん登場しますが、全て実在の隊士です。

新撰組が京都を引き上げ、江戸に帰った後の新撰組隊士のその後の動きがよくわかる小説です。 

 

斉藤一ではなく、浅田次郎氏の作った言葉でしょうが、「人間はみんな、ただの糞袋」というのが印象に残りました。どんな偉いヤツも美人も、みんなただの糞袋なのだと。確かに・・・。

一刀斎夢録 上下巻セット

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