葉室 麟著「神剣〜人斬り彦斎」おすすめレビュー
またまた幕末から明治初期にかけての時代小説です。
実在の人物と史実を題材にしているので「歴史小説」というのでしょうか。
主人公は、幕末の京都に勇名を轟かした四大人斬りの一人、河上彦斎(げんさい)です。
四大人斬りとは、薩摩の田中新兵衛と中村半次郎、土佐の岡田以蔵、そして肥後(熊本)の河上彦斎の4人です。
田中新兵衛、中村半次郎、岡田以蔵の3人はよく映画やドラマ、小説に登場しますが、彦斎はあまり見かけませんね。
作者の和月伸宏も認めていますが、「るろうに剣心」の主人公、緋村剣心のモデルと言われています。
彦斎は、かなり小柄で身長は150センチ足らず、顔は色白でやさしく、遠目には女人に見えたそうです。
熊本藩の下級武士の次男で、殿様の身の回りの世話や庭の掃除をする茶坊主として城に勤めていました。その傍ら、自己流で鍛えた独特の居合いの達人で、新撰組の近藤勇も相手にするなと言ったほどの剣客だったということです。
彼が暗殺した有名人は幕末の学者、佐久間象山だけですが、その他にも多くの佐幕派の人間を斬って恐れられていたようです。
彦斎は、「人斬り」としてだけ有名ですが、多くの学者から国学や兵法などを学び、学問にも長けていて、尊王攘夷の思想を説いて各地を周りました。
桂小五郎や高杉晋作、久坂玄瑞、清河八郎、三条実美らとも親交があったようです。
明治維新後も過激な攘夷論を唱えていたので、危険人物ということで投獄され、明治4年に38歳の若さで斬首されました。
ネットで「河上彦斎」を検索すると、頭巾を付けて笠を被っている下の写真をたくさん見ることができますが、これは彦斎本人の写真ではなく、外国人向けのお土産用に撮影された所謂「横浜写真」の可能性が高いようです。
この小説「神剣」は、葉室氏が緻密な調査を重ね、彦斎の生涯をほぼ史実に沿ったストーリーにまとめています。
葉室氏の多くの作品の中で、実在の人物を取り上げた数少ない著書のひとつです。
見慣れない難しい漢字はたくさん出てきますが、葉室氏ならではの生々しい描写の剣劇あり、恋物語ありで、面白くさらりと読めました。
怖い「人斬り」の反面、心優しい彦斎さん、体は小さいのに女性には結構もてたようです。このあたりは葉室氏の創作でしょうが、妻子は熊本にいました。
「るろうに剣心」がお好きな方には是非読んでいただきたい一冊です。
あまりにも若い幕末の志士の没年
話は逸れますが、幕末を舞台にした時代小説が好きで、よく読むのですが、ひとつ驚くことがあります。
それは幕末の有名人の享年が、私のイメージしていた年齢よりもずっと若いということです。
例えば、
坂本龍馬が暗殺されたのは33歳(満31歳) 私のイメージ:40歳前後
近藤勇が官軍に斬首されたのが35歳(満33歳) 私のイメージ:50〜55歳
土方歳三が函館五稜郭で戦死したのが35歳(満34歳) 私のイメージ:40歳代後半
西郷隆盛が鹿児島で自刃したのが51歳(満49歳) 私のイメージ:60歳前後
高杉晋作が結核で病死したのが29歳(満27歳) 私のイメージ:40歳前後
吉田松陰が伝馬町で斬首されたのが30歳(満29歳) 私のイメージ:40〜45歳
沖田総司が結核で病死したのが24歳くらい 私のイメージ:35歳くらい
岡田以蔵が土佐で打ち首になったのが28歳(満27歳) 私のイメージ:35歳くらい
清河八郎が麻布十番で暗殺されたのが34歳(満32歳) 私のイメージ:40歳代前半
など。
西郷隆盛や近藤勇は、オッサンというイメージが強いのですが、現代で言えば青壮年という若造です。
その他にも20代から30代で亡くなった有名人が多い中で、河上彦斎は長生きのほうです。
しかし幕末から明治初期にかけての一瞬、あまりにもたくさんの尊い命を粗末にあつかってきたものです。ほとんどが暗殺や死刑です。
これらの人が死なずに明治政府でも活躍していれば、日本は違っていたかも知れません。勿体ないことです。