村田喜代子著「鍋の中」感想 黒澤明が映画化した芥川賞作品

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「鍋の中」は、私の住む福岡県出身・在住の芥川賞作家村田喜代子さんの作品です。

この村田さんの実の弟さんが私の勤務している会社にいるので、ちょっと興味があり読んでみました。

姉弟ながら、「ホントに?ウソでしょ」と疑いたくなるほど、弟さんには文才のカケラもないようです(失礼)。

でも、同じ会社にWikipediaにも載っている芥川賞作家の弟さんがいるというのはとても奇遇なことだと思います。

黒澤作品「8月の狂詩曲」の原作

この「鍋の中」には、表題作の「鍋の中」の他に「水中の声」「熱愛」「盟友」の4つの短篇~中編が収められています。

97回(1987年)芥川賞を受賞したのは、その中の「鍋の中」という中編小説です。

この作品は黒澤明の目にとまり、黒澤明が脚本を書き、1991年に映画化されています。映画のタイトルは「8月の狂詩曲(ラプソディー)」です。

私は、この映画は見ていませんが、残念ながら、この黒澤作品は欧米でも国内でも散々叩かれた不幸な作品だったそうです。黒澤作品の中でも一番ひどいとも言われています。

黒澤は、この映画の舞台を長崎に設定し(原作では地名は一切出てきません)、無理矢理原爆から反戦へと結びつけています。そこが原作のテーマとは大きく違っています。

 

試写会でこの映画を初めて見た原作者の村田さんが「ラストで許そう、黒澤明」という手記で感想を書いています。映画自体は原作とはかけ離れていて、彼女が満足できる仕上がりではなかったようです。ただ、最後のシーンのシュールな映像だけが彼女の印象に残ったと書いています。

実は、この映画には最近69歳で35歳の妻との間に子どもができたことで話題になっている若き日のリチャード・ギアも出演しています。

黒澤明の作品ということで破格のギャラで出演したそうですが、この役は黒澤がつくったもので、原作には全く登場しません。原作ではハワイに移住した日本人(主人公のお婆ちゃんの弟)の息子から1通のエアメールが届くだけです。

それがなぜ外国人となって登場したのかは映画を見ていないのでわかりません。

ちなみに、この映画化に際して原作者の村田さんが黒澤監督と会ったことは一度もなく、映画も試写会で初めて見たそうです。

YouTubeにこの映画のメイキングを1時間20分にまとめた映像があります。

黒澤監督好きの方にはおすすめの貴重な映像です。

www.youtube.com

あらすじ

中学生から大学生までの4人の孫たちが夏休みに80歳の祖母の家に預けられ、そこでの一夏の田舎暮らしを描いた小説です。17歳の女子高生たみちゃん、弟の信次郎、従兄弟の大学生縦男(たてお)、たみちゃんと同じ年のみな子、そして「まだらボケ?」の祖母、登場人物はこの5人だけです。

特に劇的な事件や事故が起こるわけでもなく、ただ5人の日常や会話がたみちゃんの目線で淡々と語られます。

4人の孫たちは所々記憶が不確かになった祖母のおもいで話から自分たちの先祖の生き様を知り、大人の秘密を知り、家族の絆を学び、少しだけ大人へと成長していきます。

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こんな平凡な日常の1コマを切り取っただけでも文学作品になり、さらには芥川賞までも受賞できるのだと感心させられた作品です。

これは、作者の力量のなせる技だと思います。

私は、子どもの頃の田舎暮らしの風景を思い出させる、しみじみとしたノスタルジーを感じました。

この作品を「不可解」「不気味」と論評する評論家もいますが、私の読解力ではそこまで深く掘り下げて読み取ることはできませんでした。

 

収録の4作品の中では、前年の1986年に芥川賞候補になった「盟友」も印象に残りました。これは、2人の不良高校生が学校のトイレ掃除にやり甲斐を見いだしていくという、ちょっと不思議な、考えさせられる短篇作品です。

他の2作「水中の声」「熱愛」は、娘の死、友人の死を題材にした少し怖い作品です。

 

村田喜代子さん(73歳)は、中学卒の作家で、芥川賞をはじめ、川端康成文学賞、女流文学賞、平林たい子文学賞など数々の賞を受賞。現在は執筆活動の他、文学賞選考委員や大学の客員教授としても活躍しています。

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